2009-03-01から1ヶ月間の記事一覧

吹けば飛ぶよな

強い風がやんで、雨の色が軽くなった。静かになった傘を閉じると水気の溶けた空気が下りた。ハルと過ごす二度目の春で、僕たちは花見の約束をしていた。きょうがいいと言ったのはハルで、うなずいたのは僕だった。 来年のきょうならきっと晴れるよ。そうかな…

ライフ・ゴウズ・オン

一 夢見心地にずずという音を聞いたのを、もしかしばらく前からずっと聞こえていたのではないかと近ごろ疑うようになった。 蚊の季節を過ぎて、とはいえ残暑の影は未だ濃く、寝苦しさに私の眠りは浅かった。未明に浮き上がっては、暗く靄のかかった向こうの…

青の残雪

ふと視線を外した古堅(ふるげん)が私の肩越しの向こうを見て、ハヤシさあ、と窓に言った。 「うん?」 つられて振りかえった窓の外はもう薄暗くて、屋根の上に連なった、まだ溶けないままの雪はどこまでも続いていくみたいだった。縮こまったレールの隙を…

呼び声

ドアを押す前から、音楽は漏れ出していた。ああこれは、と思いながらノブを回した手に体重をかける。 「何聞いてんの?」 「『JP』」 間伐入れない返事が低く響いて、こっちを向かないままなのに古堅(ふるげん)の声は相変わらずよく通る、と思う。 「何…

親愛なるユカ

十一時を回ると直通の電車は終わっていて、終着駅でホームを替えなければならない。無論のことだが電車も替える。数分後の上下動がずいぶん面倒なように思えて、甘木はうんざりしながら、明かりをじわじわ照りかえす段をプラットフォームへと降りた。両耳の…